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恐怖の殺人の真実

クロイドン毒殺事件

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クロイドン毒殺事件

ロンドン郊外の住宅地クロイドン。
エドマンド・クレイトン・ダフは、妻のグレースと3人の子供たちと共に暮らしていた。当年59歳の彼は、かつては大英帝国植民地北ナイジェリアに事務官として駐在していたが、今では引退して悠々自適の年金暮らしをしていた。
陽気な性格で誰もダフを恨む者は近隣にはいなかった。怪しい投資に凝っていること以外には何一つとして瑕のない好人物だった。

1928年4月27日、釣りに出かけたダフは急に具合が悪くなった。どうも熱があるようだ。 早めに帰宅し、夕食のチキンをビールで流し込んだ。 ほどなく激しい胃痛に見舞われる。手足も痺れて、一人では寝室に歩いて行けないほどだった。
直ちにかかりつけのエルウェル医師が呼ばれたが、容態は一向に良くならない。 そして午後11時20分、ダフは苦しみ抜いて死亡する。

素人が見ても明らかにヒ素中毒の症状を呈していたにも拘らず、エルウェル医師はそのことを認めなかった。 検視解剖を担当したブロンテ医師もヒ素を摂取した徴候はないと断言、死亡原因を「日射病に基づく心臓発作」とした。

ダフには妻、グレースがいた。 今回の事件はグレースの家族構成がキーワードになってくる。

まずグレースの母、ヴァイオレットは娘婿のダフを邪険に扱っていた。 なぜなら彼が下層階級の出だからだ。特に、投資の失敗で娘の金を5000ポンドも擦ってからは、その傾向が強くなった。
続いて、グレースの妹、ヴェラ。当年40歳だが未婚だった。またヴェラは母ヴァイオレットに溺愛されていた。
そして、グレースの弟、トマス。職業はコメディアンだと言われているが不明点も多い。
最後に、トマスの妻マーガレット。彼女には事件を左右する重大なる秘密があるのだが、これについては後述する。

― 第二、第三の殺人 ―
ダフの死が誰からも疑われることなく1年近くが経過した頃、今度はダフの義妹ヴェラが激しい腹痛に見舞われた。 1929年2月11日のことである。女中と飼い猫も同様の症状を見せた。この2人と1匹に共通していたのは、昼食にスープを飲んだことだった。

2人と1匹は2日後には回復するが、ヴェラはまたしても昼食にスープを飲んでしまう。 たちどころに容態は悪化、すぐにエルウェル医師が呼ばれたがなすすべもなく、ヴェラは苦しみ抜いて死亡する。
素人が見ても明らかにヒ素中毒の症状を呈していたにも拘らず、またもやエルウェル医師は「腸インフルエンザ」と診断した。 そして、検視を受けることなく埋葬されたのである。

ヴェラを溺愛していた母ヴァイオレットは悲嘆に明け暮れ、心身共に衰弱していた。
エルウェル医師が処方した気付け薬のおかげでどうにか回復に向かっていたが、1929年3月5日に容態が一変する。 それはいつものように気付け薬を服用し、昼食をとった直後のことだった。

「毒よ!毒を盛られたのよ!」

まだ意識のある彼女は叫んだ。そして数時間後、70歳のヴァイオレットは苦しみ抜いて死亡する。 エルウェル医師はさすがに病死と断じることは出来なかった。ヴェラの死から3週間しか経っていなかったからだ。
そして警察により「連続毒殺事件」となり、本格的な調査が始まった。

― 犯人は誰? ―
家宅捜索により気付け薬の中に多量のヒ素が混入していることが判明。 ダフとヴェラの症状もヒ素中毒と一致する。
掘り起こされた二人の遺体を解剖した当代随一の法医学者バーナード・スピルスベリーは、それぞれから致死量を上回るヒ素を検出した。

警察の調査により家族の誰かに疑いの目は向けられていた。 ダフの妻グレース、グレースの弟のトマス、そして意外にも最後の犠牲者、ヴァイオレットである。

ヴァイオレットが疑われたのは、彼女がダフを嫌っていたからである。 危なっかしい投資にうつつを抜かすようになってからは憎んでさえいた。
ヒ素はおそらくビールに入れたのだろう。娘の家にちょいちょい出入りしていた彼女ならば、その機会は十分にあった。 そして、1年後に罪の意識に苛まれたあまりに、自らを罰するために最愛の娘にヒ素を盛り、そして自殺したのだろう…。

しかし、この説には無理がある。
彼女はたしかにダフを嫌ってはいたが、殺したいほど憎んでいただろうか? そこまで憎んでいたならば別れさせればいいわけであって、殺しの動機としては弱いように思える。
また、己れを罰するために娘を殺すだろうか?自殺であるならば、毒を盛られたと主張したことも解せない。

一方、グレースの弟であるトマスにはダフを殺すだけの動機があった。 なんと妻のマーガレットがダフと密通していたのだ(このことは警察に送られた匿名の手紙により発覚した)。
しかし、姉と母を殺すだけの動機があったとは云い難い。 たしかに、二人の死により彼は8000ポンドの遺産を相続したが、財政状態は悪くなく、なにがなんでも金が欲しいという立場にはなかった。

そこで最も疑われるのがダフの妻であり、ヴァイオレットの娘であり、ヴェラの姉であるグレースである。
まだ41歳の彼女は性的には淡白で、夫の過度の性欲を持て余していた。 また、ダフにはサディスティックな傾向があったようだ。 彼女は夫と床を共にすることを嫌っていた。打ち身だらけになるからだ。
そんな煩わしい結婚生活も、夫のナイジェリアへの単身赴任により長期に渡って中断していた。 ところが、このたび引退して帰国した…。殺しの動機としては十分である。 ダフの危なっかしい投資も悩みの種だったことだろう。

また、彼女はマーガレットとの不倫を知っていた可能性もある。 彼女とエルウェル医師が不倫の関係にあったという噂もある。
これが真実だとすれば、二人は共犯だった可能性が高い。

妹と母の殺害は遺産目的だ。職を持たないグレースは、トマス以上に経済的にひっぱくしていた。 弟のトマスも姉の犯行だと確信していたようだ。 ロンドン警視庁からも「できるだけ姉から離れて暮らすように」と忠告されていたという。
その後、姉を避けるように妻の実家があるアメリカに移住。ニューオリンズで古物商になったと伝えられている。 しかし、グレースを逮捕するだけの証拠は結局見つからなかった。

かくして事件は迷宮入り、この物語は未解決事件として現在も多くの人々に語り継がれている。

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