昭和60年4月30日、広島県福山市の国道2号線を走っていた岡山市のトラック運転手(45歳)が岡山県境まで約300メートルのところでトラックを停め、自動販売機で「炭酸飲料C」を買って飲んだ。 そのとき、自販機の上に「炭酸飲料C」が1本置かれているのを発見。その後、倉敷市と岡山市の間を走行中に拾った「炭酸飲料C」を飲むと急に気分が悪くなり、近くのパーキングエリアまでなんとかトラックを走らせたが、そこで意識を失った。 その後、トラック運転手は通りかかった人に発見されて病院に運ばれたが、5月2日、死亡した。トラック運転手の吐瀉物から農薬「パラコート」が検出された。
これがパラコート事件の始まりである。確認されているものだけで全12件。死者は12名。
パラコートとは、この時代に日本で最も多く使われた除草剤のひとつで、植物の葉緑素を枯れさせる作用がある。 毒性が強く、誤飲や自殺による死者が少なくなかったが、当時は氏名・住所・職業を記入すれば農協や薬局で誰でも購入でき、濃度の低い家庭園芸用のパラコート剤なら園芸店によってはノーチェックで買えた。 人体内に入ると、まず激しい嘔吐や下痢などの中毒症状が表れ、消化器系の粘膜がただれる。そして、腎臓や肝臓などの機能障害が起き、肺出血を併発して呼吸不全となり死亡する。
― 次々と起きる事件 ―
9月10日、大阪府泉佐野市の経理事務所手伝いの男性(52歳)が和歌山県に釣りに行く途中、大阪府泉佐野市内の国道26号線沿いの自販機で、牛乳、缶コーヒー、「炭酸飲料C」を買い、自販機に置かれていた1本の「炭酸飲料C」も持っていった。牛乳と缶コーヒーは釣りをしながら飲んだが、「炭酸飲料C」はそのまま自宅に持ち帰った。 翌11日、「炭酸飲料C」を自宅で1本飲み干し、2本目を飲みかけたところで苦しみ出した。帰宅した妻に発見されて病院に運ばれたが、呼吸困難に陥って14日に腎不全で死亡した。2本目のびんの残りから「パラコート」が検出されている。
9月12日、三重県松阪市の大学生(22歳)が、自宅近くの自販機で「炭酸飲料R」を買おうと100円玉を入れると、取り出し口には2本の「炭酸飲料R」があった。 自宅に持ち帰り、1本を飲み、続けて2本目を飲んだところで吐き気がして激痛が襲った。大学生は14日に死亡した。 2本目のびんから「パラコート」ではないが同種の「ジクワット」が検出されている。
9月19日、福井県今立郡今立町に住む農業を営む男性(30歳)が、国道8号線沿いの自販機でコーラを飲んで気分が悪くなり、病院に駆け込んだが、22日、呼吸困難に陥り死亡した。 胃洗浄で青色の液体が検出され「パラコート」であることが判った。 9月20日、宮崎県都城市に住むセールスマン(45歳)が車に乗って仕事中だったが、国道269号線沿いの自販機で「炭酸飲料R」を2本買った。 車の中で1本を飲み、2本目を飲んでいるところで気分が悪くなったため家族に連絡。病院に入院したが呼吸困難に陥り、22日に死亡した。飲み残した2本目から「パラコート」が検出された。
9月23日、大阪府羽曳野市のゴム加工業の男性(50歳)が、彼岸の墓参りで実家に行く途中、道沿いの自販機で「炭酸飲料C」を買うと取り出し口に2本あった。 男性はその場で1本を飲み、実家から帰宅途中の車中でもう1本飲んだが、腐ったような味がしたため吐き出し、残りはびんごと川へ捨てた。 その直後から体がだるくなり下痢症状となったため、病院で治療を受けていたが、2週間後の10月7日、呼吸困難に陥り、死亡した。「パラコート」が検出されている。
10月5日、埼玉県鴻巣市の会社役員の男性(44歳)が前日に市内のドライブインの自販機で「炭酸飲料C」を買ったところ、取り出し口に2本あったため、1本をその場で飲み、もう1本を自宅に持ち帰っていた。 そして焼酎を「炭酸飲料C」で割って飲んだところ、急に苦しみ出し約2週間後に死亡した。残った「炭酸飲料C」から「パラコート」を検出した。
10月15日、奈良県橿原市の船具販売業の男性(69歳)が自宅近くの自販機で買った栄養ドリンク剤を飲んで、1ヶ月後に死亡した。「パラコート」を検出した。
10月21日、宮城県の男性(55歳)が同様に死亡。
10月28日、大阪府河内長野市で農業を営む男性(50歳)が「パラコート」入りの「炭酸飲料C」を飲んで、1ヶ月後に死亡。 前日に和歌山県に釣りをしに行ったとき、道路わきの自販機で買ったものだが、やはり、取り出し口に2本あったものを持ち帰っていた。
11月7日、埼玉県浦和市(現・さいたま市)の建築会社社長(43歳)が自宅近くの自販機で買った「炭酸飲料C」を飲んだところ、気分が悪くなって病院に運ばれたが、9日後に呼吸困難に陥り死亡した。 自販機の取り出し口に2本あったものを自宅に持ち帰っている。飲み残しのびんから「パラコート」が検出された。
11月17日、埼玉県児玉郡上里町の女子高生(17歳)が、自宅近くの自販機でびん入り「炭酸飲料F」を1本買ったときに、取り出し口にびん入りコーラ1本を見つけた。 自販機には「不審な放置ドリンクに注意」という業者からの注意書きが貼ってあったが、この女子高生は、まさか自分にあたることはないと思い、自宅でコーラを口にして1週間後に死亡した。コーラから「パラコート」が検出された。
この一連のパラコートなどによる事件が発生した1985年(昭和60年)は、警察白書によると、同年に清涼飲料水などに農薬など毒物が混入された事件は78件に達し、その範囲は1都2府22県に及んだ。 このうち17人が死亡しているが、自殺か他殺か判明していないケースも含まれており、ここでは他殺と断定されている12件を取り上げた。 模倣犯も多く、事件の全貌はわからないまますべての事件が未解決で終わった。
当時の飲料キャップ(瓶製)は開封しているのか未開封なのか判別が難しかった為、毒物を混入してキャップを締めても気付かれることは無かった。多くの飲料メーカーはパラコート事件後に、細工できないようにレバーキャップを引き抜いて開けるタイプに変えた。