―癇癪のケン―
スキッドモアはミズーリ州の小さな町で人口はわずか450人、ファーストフード店もなければ映画館もなく、雑貨屋と酒場があるだけの静かな土地だった。
郊外に農場を経営する農場主も多かったので特に貧しくもなく、エアコン付きのトラックを買ったり、新しい鹿撃ち銃を手に入れる程度で満足できる素朴な人々が暮らしていた。マケルロイ家もそんな田舎の家庭だった。
大酒飲みのホラ吹きの父親は、カンザスとミズーリの農村地帯を転々としながら流れてきて、スキッドモアの農地を手に入れる。
1934年、ケン・マケルロイは14兄弟の13子として誕生したが、父親は14番目の末っ子を溺愛し、すぐ上のケンをあからさまに邪魔者扱いした。
母や兄姉たちもそんな父親の態度に同調したため、ケンは家庭内で孤立して育った。家族の誰からも愛されなかったケンは、ひどい癇癪持ちの手のつけられない悪童に成長した。
彼は子供の頃から体格がよく、粗暴で反抗的だったため、学校でも問題児でいつも一人ぼっちだった。
彼はいつも不機嫌で、くすぶる炎のようにいつも怒っていた。何度か留年した挙句、結局15歳で退学した。そのため読み書きも満足にできなかった。
退学後、託児所に就職するが、保母に手を出して解雇される。
18歳で最初の結婚をしてデンヴァーに転居する。建築現場で働くようになるが、作業中に落ちてきた鉄材で頭を強打するという事故に遭い、彼は慢性的な後遺症に悩まされ、粗暴さはいっそう増した。
事故後、ケンはミズーリに帰郷する。
―野蛮なハンサム―
彼はアライグマ狩り用猟犬の訓練士をはじめ、これは性に合ったらしく大成功を収める。しかし残念なことにケンは真面目に働くよりも、楽をして金を稼ぐことが好きだった。
夜な夜な車を走らせ、戸締りの甘い農場に侵入しては、穀物や家畜を盗んだ。金目の物を盗むというより、窃盗自体が好きでやっていたようである。鶏、家鴨から始めて、つぎに豚、ついには牛や馬まで盗み、州境を越えてカンザスやアイオワにまで手をひろげて荒らしまわった。
盗みを見とがめられても、ケンは悠然としたものだった。
この傍若無人さは女性に対しても同じだった。ケンは背が高くハンサムで、押しが強かった。強引な彼になびく女はあとをたたず、喜んで彼の犯行の片棒をかつぐことまでしたという。
1959年、ケンは最初の妻と離婚し、すぐに16歳の少女と再婚した。少女の結婚生活はもちろん不幸なものだった。
ケンは彼女を殴り、13歳の女の子を暴力でかどわかしてくると、家に連れ帰って妻と同居させた。妻は4人の子を産み、13歳の少女は3人産まされた。
1964年、ケンは家出し、18歳の少女アリスと同棲をはじめる。
―悪事三昧―
4年後、この少女との間に子供ができたので、彼は帰郷し、家で彼の帰りを待っていた女ふたりを追い出すと、新しい家族と暮らし始める。
ケンはあいかわらず窃盗をやめず、3年間のうちに1度起訴され、女房を殴り、大酒を飲んだ。
アリスもたまりかねて家を出て、実家に帰ると、ケンは怒り狂って
「てめえみたいな売女はどうでもいい。だが俺の子供は返してもらうぞ、邪魔するヤツは誰だろうとぶっ殺す」
と言った。
アリスの父親は「やれるものならやってみろ」と言い返したが、その後すぐ、家にやってきたケンにライフルで太腿をぶち抜かれる羽目になった。
もちろん刑事事件となったが、ケンはアリスの実家に「俺に不利な証言をしてみろ。てめえの一家全員切り刻んでやる。」と一日中電話し、家の前をうろつき、家族を尾行してまわり、ナイフを突きつけて「証言するな。」と脅した。しまいには酒場で飲んでいる父親の前にショットガンを持って現われた。
ケンにはこれで恐喝の罪も加わったが、彼の凶暴さに怖れをなした住民たちは皆「自分はなにも見ていない」と証言したため、ケンは無罪を勝ち取った。
アリスは彼のもとに戻ってきたが、ケンにはもう12歳の愛人トリーナがいた。トリーナとアリスは彼と同居し、等しく殴られ、等しく暴力的に犯された。14歳でトリーナは妊娠する。
トリーナが彼の暴力に耐えかねて逃げ出すと、ケンは彼女を連れ戻し、折檻した。殴り、蹴り、ショットガンの銃身で彼女の顔面を殴打した。彼女の鼻と頬骨は潰れ、その仕上げにトリーナの実家に火を放った。
この一件で再びケンは逮捕され、トリーナと子供たちは保護される。しかしケンの報復を恐れて証言台に立つ者は誰もなかった。
トリーナはすっかり彼に依存していたので、じきに彼のもとへ戻った。彼女はそれからケンが死ぬまで、彼と連れ添っている。
スキッドモアの住民は、妻を寝取られ、娘をかどわかされ、家畜や穀物を盗まれ、彼の暴力に怯えて暮らすのには、もう限界であった。
―恐怖の街―
しかし司法は、ケンを裁くことができない。
1980年、雑貨屋でケンの娘2人がキャンディを万引きした。店員がそれを注意すると、キャンディは返されたものの、その後すぐケン夫妻が店に怒鳴り込んできた。
店主はケンと口論になり「もう2度と店にくるな」と言った。その後しばらくは何もなかったので、それで終わったと皆が思いこんでいたが、ある日店主の自宅前にケン夫妻がトラックに乗って現われてショットガンを空に向けて2発発砲した。保安官が来たが、これはケンに言いくるめられてしまう。
一触即発の空気がつづき、道にはめっきり人通りが減り、走りまわるのはケンのトラックだけとなった。町の住民たちは外出をひかえ、子供たちには早く帰れと強く念を押し、帰宅するなり厳重な戸締りがされた。一日中聞こえるトラックのエンジン音が、ケン一家にたてつくことの危険への警鐘として人々の耳には届いた。
保安官も含め町の住人は、完全にケンに敵対し、町の男たちは自警団を結成して銃を持ち歩くようになった。
「いっそのこと、あいつが死ねばすっきりする。」という囁きもしばしば聞こえてくるようになる。
そして、凶行は起こった。
―大掃除―
1981年7月10日、自警団の寄り合いがあると聞きつけたケンは、酒場に出向いた。
自警団はそれを聞くと、誰が言うでもなく一人ずつ酒場へ向かう。店はたちまち満員になり、カウンターに座るケンを幾重にも人の輪が囲んだ。
人波のあちこちから、
「よくおめおめと来やがったな」
「帰れ、くそったれ」
「二度とツラを出すな」
というさざ波のような囁きが無数に漏れ、ケンのまわりをうねった。
その雰囲気にさすがに耐えられなくなったか、ケンは席を立ち、店を出るとトラックに乗り込んだ。
次の瞬間、助手席にいたトリーナが悲鳴をあげる。銃声が響き、後部ウインドウが割れ、ケンの顔面が熟れたスイカのように破裂するのがひどくゆっくりと見えた。銃声はなおも続いたが、その必要はなかった。ターゲットはすでに絶命していた。
「ああ、ああ、ひどい! 人殺し! なにも殺さなくったって!!」
半狂乱になってトリーナが騒ぐ。
野次馬の中からぼそりと、
「いや、殺すしかなかったさ。」
と応える声がした。
「あんたらがそう仕向けたんだ。」
―迷宮入り―
ケン殺しの公判が開かれたが、スキッドモアの住民たちは判で押したように同じ証言を繰り返した。
「銃声は聞こえました。犯人は見ていません」
トリーナだけは住民の名を出し、犯人だと糾弾したが、この意見は採用されなかった。
結局、犯人は特定されず、事件は迷宮入りとなった。トリーナはスキッドモアを去り、一家は離散する。
1982年の末、マケルロイ農場の母屋から原因不明の出火があり焼失する。ケンの痕跡は消え失せ、静かな田舎の暮らしが戻った。