平成12年6月11日午後7時30分頃、栃木県宇都宮市のジュエリーチェーン店に自称産業廃棄物処理会社相談役と名乗る男が入店してきた。
男は以前同店で貴金属を購入した実績があり店長や店員らと面識があった。
この日の午後5時頃に一度同店を訪れて「1億5000万円分の取引をしたい。現金で購入するから商品を用意してくれ」と店長に伝えていた。
店長(当時49歳)は、以前も同様の取引をこの男から持ちかけられた。しかし男がいう産業廃棄物会社の実体が無かったことを調べ取引には至らなかった。
だが今回は現金で購入するという男の言葉を信じて取引に応じた。
― 炎に包まれるジュエリー店 ―
店長は1億円以上の商品を揃えるには時間がかかるため、改めて7時30分頃に来店して欲しいと男に伝えた。このため男は改めて指定時間に再び同店を訪れたのだった。
この時、店長の他、5人の店員がこの取引のため残業をしていた。
男は大きなブランドのバックを持参して「この中に1億5000万円が入っている」と店長らを騙して、バックの中に1億4000万円余りの貴金属類を入れさせた。
その直後、男は「動いたり、騒いだりすんじゃねぇぞ」と怒鳴りつけ本性を露にした。
そして店長および店員5名を粘着テープで縛り上げ店舗奥の休憩室に押し込んだ。
そして男は持参したオイル缶からガソリンを6人の全身や付近の床などに撒いて放火して逃走した。
同店はたちまち猛火に包まれた。通報で急行した消防車17台が懸命の消火作業を行ったが鎮火したのは翌日の午前0時15分頃だった。
直後、消防署の現場検証で炭化した男女の区別もつかない無残な6体の焼死体を発見。更にオイル缶が発見されたことで放火と断定した。直ちに栃木県警は放火殺人事件として捜査を開始した。
― 犯人逮捕へ ―
栃木県警はすぐに容疑者を特定した。男の名はS(当時49歳)。 Sが貴金属の取引を持ちかけた時、ジュエリーチェーン店の本社が身元調査した結果、かなり要注意人物であると認定し宇都宮店に注意を促していた。
そして今回は現金取引をしたいとの申し出があったことは本社でも確認していた。また、放火後にズボンの裾を燃やしながら同店から出てくる男の映像が商店街のカメラに映し出されており、その容姿がSに酷似していたことも犯人断定の決め手となった。
このことから、栃木県警はSが犯人であると断定し行方を追った。
栃木県警はSの身辺捜査をした結果、愛車であるポンティアックが東武宇都宮駅前の立体駐車場に駐車していることが判明。
このため捜査班は同駐車場を監視した結果、翌日12日午前11時30分頃、駐車場に現れたSに任意同行を求め、取調べの結果強盗及び放火殺人容疑で逮捕した。
― Sの最後 ―
Sは栃木県小山市で出生。高校を中退したあと関西の蕎麦屋に就職。その後、地元に戻り父親の援助でうどん屋を開業したが長続きせず休業。
安定した収入がないにもかかわらず、高級ブランド品を購入したり愛人を囲ったりする生活を続け、パチンコ等のギャンブルにのめりこみ、多額の借金を抱え返済に行き詰っていた。
宇都宮地裁は「周到に準備された計画的犯行で、動機はあまりにも利己的。自己中心的で情状酌量の余地は微塵も無い」としてSに死刑を言い渡した。
これに対してSは「脅すつもりでライターに火をつけたらガスが充満して引火したもの。殺意は無かった」等と殺意を否認し、自白についても精神的動揺を理由に信用性が低いと主張した。
平成15年4月23日東京高裁は「犯罪史上まれにみる凶悪な事件」としてSの控訴を棄却。Sは上告したが平成19年2月20日最高裁は、「冷酷、残虐極まりなく、最愛の母、妻、娘を突然奪われた遺族の処罰感情は非常に厳しい」と断じて上告を却下した。 これでSに死刑が確定した。
平成20年にSは死刑廃止団体が行ったアンケートに「死刑になるのか、きもちの整理がつきません。死刑とはざんこくなものです」と答えた。
平成22年7月28日、東京拘置所で死刑執行。
千葉法務大臣は「自らが命令した執行なので、見届けることも私の責任」と死刑執行に立ち会った。