―かわいそうなアンジー―
1986年11月、ニューヨーク市のブロンクス地区で事件が起こったとの通報を受け、夜勤のパトロール警官が現場に駆けつけた。踏み込んだ警官の目に飛び込んできたのは...居間の真ん中に横たわっている頭を切断された死体だった。
警官の一人が、うめき声を聞きつけ、ベッドの下を覗くと、そこには素っ裸で胎児のように丸くなった女が、すすり泣いている。体中打撲と擦り傷だらけで、あきらかにレイプされており、体内の奥深くにはスカッシュのボールが押し込まれていた。
まだ意識があったので、名前を聞くとアンジー・トラスクと返事がある。殺されていたのは、マイケル・トラスク、彼女の夫であった。
彼女の供述により、襲撃者は夫妻の元友人であることがわかった。
すぐに容疑者のアパートに捜査員が派遣され、強行突入して踏み込んだが、時すでに遅く、男は銃で額を撃ちぬいて死んでいた。
容疑者死亡でこの事件の捜査は、終わるはずだったが、報告書をまとめていた検察医がいくつかの矛盾に気づいた。
―矛盾する証拠―
被害者宅の壁や床に残っていた血しぶきの角度がおかしいこと、頭を打ち抜いたとされる犯人の死亡推定時刻が犯行時刻より前であること、また全裸で発見されたアンジーの全身の傷が奇妙なことに偏っている、乱暴に引き抜かれた頭髪の断面図を観察すると、刃物で切ったように鋭利に見えることだった。
捜査員は再びアンジーを取り調べる。最初こそ否定していたが、観念したのかアンジーはふてくされたように肩をすくめ、殺人を認めた。
「はいはい、いいわよ。ふたりともやったわよ、あたしがね。」
「チャンスがあれば、もう一度やってやるつもりよ。ただし次は、もっともっと苦しめてやる。」
「どっちも、あれくらいじゃとっても足りないもの。」
夫のマイケルは秘書と浮気していた。と言ってもアンジーも同罪だ。彼女も加害者に仕立てあげようとした男と長年浮気していたのだ。
この危ういバランスは、夫が自分と離婚し、秘書と再婚するとアンジーに打ち明けた時から崩れていく。
まず、アンジーの恋人は、彼女と結婚するつもりなどさらさらなかったのだ。彼にとってアンジーはただの遊び相手であり、離婚して無一文のオールドミスなどに未練などあるわけはなかった。
アンジーは自殺も考えたが、自分が死ぬなどバカバカしいと考え直し、アイディアは飛躍して相手を殺すことを決心する。計画を一週間で立て、迷わずに実行した。
恋人の部屋へ出向き、アミタール(通称イソブロと呼ばれる睡眠薬)入りのコーヒーを飲ませ、寝入ったところで恋人に銃を持たせて引金をひいた。
それから帰宅し、レイプ殺人未遂の被害者になるため、夫と最後のセックスを楽しみ、膣内に精液を残させる。
夫が毎晩飲むココアにも、アミタールを仕込んだ。熟睡した夫をベッドに残し彼女は家を荒らしまわり、破壊しつくした。十分破壊したところで、今度は自分を痛めつけ、肉叩きで全身を殴り、ひっかき、マゾ的なプレイを愉しんだ挙句、夫の首を切断する。
「あたしはそれだけあいつらを憎んでたの。今だって、3人ともみんな憎いわよ」
―ビニール袋―
「3人だって?」
捜査員は驚いた。
アンジーは不敵に笑いながら
「そう、3人目は亭主の秘書で浮気相手のかわい子ちゃん。あの子、うちのガレージにいるわよ。」
彼女の証言通り、トラスク家のガレージの隅にあったビニールの袋の中に、若い女の死体が発見された。
彼女はビジネス・スーツを着たまま、両目を串刺しにされ、脱脂綿を編み棒で喉に詰め込まれて窒息死していた。
捜査員は、これほど綿密な計画を立てておきながら、隠蔽工作を行なわなかったのはなぜかとアンジーに訊ねた。
「あたしの目的はあいつらを殺すことだった。他のことはどうだって良かったわ。前にも言ったけど、もう一度やれるもんだったら、必ずやるわね。他の女たちにだって薦めるわ。おやりなさい、どんどんね」
彼女は3件の第一級殺人で有罪となり、終身刑を宣告された。