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恐怖の殺人の真実

愛知県カーチェイス誘拐殺人事件

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愛知県カーチェイス誘拐殺人事件

―身代金―
1989年10月11日、夕方、愛知県豊橋市西山の路上で、小学生の女の子が身代金目的で誘拐された。

誘拐犯の名は、U(当時27歳)。
愛知県豊橋市西松山町でポテト料理が売りの喫茶店を経営していた。しかし店の経営はうまくいかず、サラ金や友人から2,430万円の借金があり、返済が滞っていた。

Uは、身代金目的の誘拐で金を工面しようと計画した。

誘拐されたM子ちゃん(当時8歳)は、学校でも人気者のハツラツとした女の子だった。

「ちょっと小さめでいつもニコニコして、クラスのアイドルでした。授業では絵が大好き。最近は画用紙いっぱいに人や花の絵が描けるようになり、絵を描く時は実に楽しそうだった」と担任の先生が語る普通の小学生だった。

犯人は、M子ちゃんを車に連れ込むと目と口を粘着テープでふさぎ、手足を縛って車のトランクに放り込んだ。

同日6時に犯人は、M子ちゃん宅に身代金1000万円要求の電話をかける。

翌10月12日の朝、犯人は「東海道線の線路脇に身代金を放れ。」と指示を出す。

―カーチェイスの果てに―
同日午前11時46分、浜松市篠原町の鉄道線路そばでUの車を対向の新城署員の捜査車が発見し、Uターンして車両通行止めの踏切まで気づかれないように追尾する。

車が通れないと判断し、一旦バックしたが、後ろから警察関係と思われる車が追っていたのに気付づき、再び前進する。車体の側面が石柱にこすれながらも無理に渡りきる。

捜査の警察官が乗った車は追尾を断念し、無線で他車に連絡する。

Uは、警察に何度も追い詰められながら、必死に逃走した。ハリウッドのアクション映画並のカーチェイスである。

結局愛知県警は、Uの車を再三追い詰めたが、8度も取り逃がしてしまった。

一度は完全にUの車を袋小路に追い込み、「これで逃走不能」と判断した警察官が車から降り、自分の愛車をチェックしているスキに、Uはアクセルをいっぱいに踏み込み、その警官の愛車を跳ね飛ばして逃走してしまった。

しかしUの逃走も、静岡県新居町内の山中に逃げ込み、農道脇で脱輪して立ち往生してしまったことで終わる。

車での逃走ができなくなったことで、激昂しやすい性格だったUは常軌を失い「こうなったら、一番の証拠を消して逃げるしかない」とM子ちゃんの首を絞め、ぐったりとなったところを、さらに鉄シャベルで顔や頭を何度も殴打した。 ぐったりとしたM子ちゃんが絶命したと思った彼は、少女を土中に埋めて逃げた。

10月13日、Uは逮捕された。

自供でM子ちゃんは静岡県湖西市内の雑木林で遺体で見つかった。司法解剖の結果、被害児の肺には土砂が詰まっていた。生き埋めにされた女児はじわじわと死んだことになる。直接の死因は殴打による内出血による気管の閉塞だった。

―判決―
1994年9月、名古屋地裁はUに無期懲役の判決を言い渡す。

警察の犯人追跡行動に関しては、大手新聞社にその捜査方法の甘さを批判する記事が掲載された。M子ちゃんの父親は、追跡の顛末を知った後に「警察は、娘のためにもうすこし頭をつかってくれなかったものでしょうか」と涙声に語ったという。

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