1968年4月、イギリス中部ウェスト・ミッドランズ州にあるウォルヴァーハンプトンという地方都市で事件はおきた。
その日、ユーストン発の列車がウォルバーハンプトン駅に到着した。
ウォルバーハンプトン駅は終点だったため駅員達が列車の中の点検をおこなっていた。すると車内には薄緑色のスーツケースが置かれているのを駅員は発見した。
駅員達は中身を確認するためスーツケースを開いた。
そしてその中に詰められていたものに驚愕した。
それは首を切り離された女性の上半身であった。
翌日の昼頃、ロンドンのイルフォード地区の橋の下でスーツケースが発見された。
スーツケースの中からは女性の下半身が発見された。
検視によれば、両部位とも同一人物、被害者の女性は有色のアジア人で、年齢は18歳~30歳。堕胎手術を受けた形跡があった。
遺体はインドの民族衣装を着用しており、足に残るサンダルの跡から、被害者が靴を履くようになったのは近年のことで、渡英して間もない女性と思われた。
― 被害者、そして犯人 ―
ユーストン駅の聞き込みにより、例のスーツケースを運び込んだのは有色人種の男だと判明した。しかしそれ以上は何の進展もなく1ヶ月が経過した。
5月に入り、ウォンステッド・フラッツの道路脇の茂みの中から切断された被害者の頭部が発見された。
鈍器により2回殴られているが、これが死因であるかは不明である。
同時に産科医への聞き込みもようやく実を結んだ。
サラブジド・コーというインド人の若い女性がバーキング病院の産科で受診していたことが判明したのだ。
担当医により遺体はサラブジドであることが確認された。
被害者の下宿先を調べた警察は、父親の名とその住所を突き止めた。
インド国籍のスチュナム・シン・サンドゥーである。 当初は「そんな娘などおらん」と否定していたサンドゥーだったが、家宅捜索で彼女の写真が見つかると供述を変えた。
娘は2月に家を飛び出してからは手紙一つよこさない。どこにいるかも判らない。妊娠していたことも知らなかったの一点張りだった。
サンドゥーは逮捕され、娘の遺体を遺棄したことを認めた。
そして裁判で恐ろしい真実が述べられた。
彼は娘の首を生きたまま切断したのだ。
― 事件の真相 ―
サンドゥーは39歳のインド人で、教養があり英語も堪能で、故郷では校長をつとめたこともあるインテリだった。
彼は教養もあり人望も厚かったが、子供たちの将来のことを考え、インドを離れてロンドンに移り住んだ。
だが彼にとって不運なことに、彼の秘蔵っ子である長女のサラは、インドを離れる前から身分の低い既婚者の従兄弟と恋仲だった。
サラは父の言いつけどおりイースト・ハム大学の医学部に入学したが、ひそかに恋人とは連絡をとりつづけていた。
サンドゥーにとって、それは裏切り以外のなにものでもなかった。彼は暴力をふるってでも娘と恋人の仲を引き裂こうとしたが、サラは家出をしてしまった。
しかしその後まもなく、彼女は自分が妊娠していることを知る。もう胎児は6ヶ月で、あともどりはできなかった。サラは両親にすべてを打ち明け、家に戻った。
凶行の朝、家にはサンドゥーとサラしかいなかった。妻と娘2人はタイミング悪く外出していた。
二階の寝室から降りて来たサラは、サンドゥーを見るなりこう云った。
「たった今、致死量のフェノバルビタールを飲んだわ。あの人と暮らすことを許してくれないなら、このまま死んでやるから」
サンドゥーは逆上した。石炭を砕く金槌をつかむと、それで娘の頭を数回殴りつけた。サラはぐったりして、動かなくなった。
サンドゥーは殺してしまったと思った。しかしサラは生きていたのだ。
サンドゥーは寝巻から服に着替えると、徒歩15分ほどの金物屋に行き、糸ノコを買って帰宅した。
そして、再び寝巻に着替えて、娘を浴室に運んで、血が飛び散らないよう、娘の体をポリ袋で包んでから解体をはじめた。
まず首から斬り始めたところ、娘は息を吹き返し、糸ノコの歯を手で掴んだ。
それでもサンドゥーはかまわず糸ノコを引き続けたので親指がちぎれた。そして首を切り落とした。胴体と足も切り離した。
裁判では古代シーク教徒の慣習が取り上げられた。
不名誉な死を遂げた者の死体は、汚名をそそぐために切り刻んで方々にバラ撒かなければならないのだそうだ。
しかし、それはあくまでも古代の話であり、近代的な教育を受けているサンドゥーがそれを遂行したとは思えない。
サンドゥーの供述には疑わしい点が多々ある。
犯行当日、どうして他の家族は全て留守で、彼は仕事を休んでいたのか?
娘が自分で飲んだはずの睡眠薬は、彼女が医者から処方されたことのないものであり、サンドゥーの勤務する化学会社で入手できる薬だった。また、ポリ袋も同様である。
これは衝動的な犯行だったのか、計画的犯行だったのか? 娘はほんとうに自ら睡眠薬を飲んだのか?
陪審員も娘が自殺を図ったとの供述には懐疑的だ。サンドゥーはたった90分で陪審員に有罪をくだされ、終身刑となった。
親が子を生きたまま切断するという後味の悪い真実だけが残った。