―激情殺人―
1974年1月7日、フランクフルトで1台の車が歩道に乗り上げて停車し、開いたドアから運転手が外に転がるように飛び出してきた。

彼が立ち上がろうとしたところを同乗していた男が続けざまに2発撃った。運転手は即死する。運転手を撃った男は、平然と慌てることもなくその場から立ち去った。

被害者は21歳の自動車修理工ディーター・ペシュケだった。車は彼のものだった。

結婚したばかり被害者は、妻と兄ユルゲン、姉レナーテと共にザクセンハウゼンのアパートに住んでいた。

警察の尋問に対して、同居者の3人は口を揃えて「心当たりは全くない」と首を横に振ったが、母親は、レナーテの夫であるハンス・アペルが犯人だと証言した。

逮捕されたハンスは、尋問に対して素直に犯行を認めた。その口から語られた動機は実に驚くべきものだった。

―運命の血筋―
東ドイツで投獄されていたユルゲンは、1973年にアムネスティの働きで西ドイツに帰国し、兄妹のレナーテのもとに転がり込んだ。血のつながった家族であるから仲がいいのは判るが、その親密度にハンスは嫉妬することもあった。

或る晩、彼が娘を寝かしつけている時、自分の耳を疑うようなことを娘が話したのだ。

「パパに秘密を教えてあげるわ」

「秘密? どんな秘密だい?」

「あのね、ママとね、ユルゲンおじさんがね、パパがいない時にね、ベッドで裸になっていたのよ。」

妻の不倫相手が実の兄だったという事実にハンスは二の句が継げなかった。この忌まわしい近親相姦の真意を問うために2人に聞くと、彼らはそれを否定しなかった。

ハンスは
「ならば出て行け!」
とユルゲンに迫った。ユルゲンは出ていった。

―屈折した兄弟愛―
しかし、驚いたことに一人ではなく妻のレナーテも一緒に出ていったのだ。その後、間もなくユルゲンとレナーテ兄妹は、実弟のディーターのもとに転がり込んだ。

ハンスの元には、子供たちだけが残った。レナーテとの仲を元に戻そうと思ったハンスは、義弟のディーターに相談することにした。
(この事件でハンスが殺すことになる相手だ。)

お気に入りの高級車を運転するディーターに彼はこう切り出した。

「君の兄のユルゲンと姉で俺の妻のレナーテが、性交渉をしているんだが、知っていたかい?」

すると、ディーターは平然と言ってのけたのだ。

「知ってるも何も当たり前だろ!?俺たちはしょっちゅうレナーテとヤッてるんだぜ。」

この時「自分の中の何かが壊れた。」とハンスは警察で尋問されたときに供述している。

我に返ったとき、ディーターは道に転がっていた。

裁判では情状が酌量され、ハンスへの判決は殺人としては軽微な禁錮21ケ月の実刑で済んでいる。