―夢見る乙女―
高名な建築家で、グラスゴーの名士であるジェイムス・スミスにマデリーンという娘がいた。


蝶よ花よと育てられたお嬢さま19歳のマデリーンは、退屈な毎日に満足していなかった。

彼女を救ってくれる白馬の王子様を夢見る日々だった彼女に、フランス人の青年、ピエール・ランジェリエが現れる。

ピエールは、街角でマデリーンを見初めて以来、すっかり彼女の虜になってしまい、熱烈なる恋文を送りつける。便箋上に踊るマデリーンをへの美辞麗句を読んだ「恋に恋する乙女」は上機嫌になる。

ついに現実の世界に王子様が現れたのだ。これが恋なのね、恋というものなのねと舞い上がった。

しかし、ピエールが恋文を娘に送っていることを知った両親は、この交際を認めなかった。ピエールは一介の事務員で、名士の娘には身分が釣り合わなかったが、その障害はこの恋が燃えるためのエッセンスであった。

二人は「ロミオとジュリエット」のように密会を重ねた。ついには肉体関係まで結ぶ。

「昨夜のことが罪だとしても、それは私たちの愛の高まりの証しです。出血はしませんでしたが、一晩中疼きました」

しかしこの恋は、マデリーンにウィリアム・ミノックという金持ち王子様が新たに現れたことで幕が降りた。

―失意の王子様―
ピエールには勝ち目はなかったが、諦めきれなかった彼は、
「もし別れるならば、あなたが書いた恋文をすべてお父さまにお見せします。」
と脅迫した。

1857年3月23日、ピエールはマデリーンが入れたココアを飲んだ直後、猛烈な胃痛と吐き気に襲われ、苦しみ抜いて死亡する。解剖の結果、遺体からは砒素が検出された。

殺人の疑いが濃厚となり、ピエールの自宅を捜索した警察は、マデリーンから送られたラブレターの束を発見した。もっとも新しい日付の手紙には、「あなたへの愛はもう消えました。」と書かれたあった。

最有力の容疑者だった彼女は、ラブレターの内容がハレンチだとして、世間の風当たりが強かったが、ピエールの手口が明らかになるにつれて同情的な意見が多く出るようになった。ピエールが砒素を常用していたという証言も出たため、証拠不十分ということでマデリーンは無罪になった。

名前を変えてロンドンに移り住んだマデリーンは、2度結婚している。 1928年、アメリカで永眠。93歳だった。