司法解剖に当たったK大学教授は驚いた。
27個のパーツにわかれた遺体は、ひとつひとつがすべて同じ長さで切断されていた。太さも揃えられていた。遺体は時間をかけて均一の大きさに切断されていた。
つまり、遺体はその公園のゴミ箱に入れるのにジャストサイズに切断されていたことになるのだ。
―遺体発見―
1994年4月23日、東京都三鷹市の「井の頭公園」の野外ステージ脇のゴミ集積所で女性清掃員が男性の足首を発見した。
4枚重ねたビニール袋に入っていた。その後、計27個の遺体の断片が次々に見つかった。
これもビニール袋に入れられ、池の周囲にあるゴミ箱に転々と捨てられていた。頭部と胴体の大部分がなかった。
―司法解剖―
遺体は、K大学病院へ送られ司法解剖された。
27個のパーツにわかれた遺体は全部合わせても体全体の三分の一程度、20数kgほどしかなかった。
遺体は関節など関係なく、均一の大きさに切断されていた。
また、遺体は念入りに洗われ、血液もすべて抜かれて、きれいだった。
手足の指紋はすべて削られ、掌紋には傷がつけられていた。井の頭公園のゴミ箱は縦20cm×横30cm。遺体はそのサイズに切り分けられていた。
―DNA鑑定―
事件から3日後、掌紋の一致やDNA鑑定などから遺体は公園の近くに住む一級建築士Kさん(35歳)と判明した。
死因についてはついに確定することはできなかった。頭部が発見されなかったのが死因の特定を困難にしていた。
しかし、1ヵ所だけ、生きている間に受けた傷が発見された。
肋骨の一部に付着している筋肉組織に、ほんのわずかながら出血があったのだ。
だが肋骨が損傷しているわけでもなく、なぜその部分から出血したのかは分からなかった。
―Kさんの足取り―
Kさんは4月21日の夜、昇進祝いということで会社の元同僚と高田馬場で飲んで、カラオケなどを楽しんだのち、夜11時頃に新宿駅で別れてからの行方不明となっていた。まもなく妻が捜索願を出した。
翌1995年1月11日、Kさんが行方不明になる直前の4月20日午前0時過ぎに、自宅に近いJR吉祥寺駅そばの百貨店脇で2人組の男に殴られていたという目撃情報が届けられた。
また23日午前4時頃に井の頭公園でポリ袋を持った不審な男2人が歩いていたという証言も寄せられた。目撃された2人はいずれも30代だったという。
吉祥寺周辺では「Kさんの妻が新興宗教にはまり、Kさんが脱退させようとしたところ殺害された」というような噂がたったが、2人とも宗教団体とは何の関わりもなかった。
懸命な捜査にもかかわらず、2009年4月23日、時効が成立した。