1998年7月25日の夕方、和歌山県和歌山市園部地区の閑静な住宅街で開催された自治会主催の夏祭りがおこなわれた。 祭りで配られたカレーを食べた67人が腹痛や吐き気などを訴えて病院に搬送され、4人(64歳男性、54歳男性、16歳女性、10歳男性)が死亡した。
当初保健所は食中毒によるものと判断したが、和歌山県警は吐瀉物を検査し、青酸の反応が出たことから青酸中毒によるものと判断。 しかし、症状が青酸中毒と合致しないという指摘を受け、警察庁の科学警察研究所が改めて調査して亜ヒ酸の混入が判明した。
警察は、死亡した遺体や患者の吐しゃ物から青酸反応を検出したため食中毒事件から殺人事件に切り替えて捜査を開始した。 捜査本部は事件から数日後、毒物は「亜砒酸」であると特定した。 亜砒酸は致死量が体重1キロ当り2ミリグラムという猛毒で、この亜砒酸がカレーの鍋に250グラムも混入されていた。
事件から1ヵ月後、捜査本部は近隣で砒素の中毒症状を訴えている男性2人の存在を突き止めた。 捜査官は、この男性に事情を聴取したところ、この男性2人を度々家に招いて食事をふるまっていた主婦の存在を突き止めた。 そしてその主婦は夏祭りでカレーの用意をしていた人物でもあった。 H(当時37歳)、この後マスコミにもたびたび登場し、世間を騒がせる犯罪者である。
この男性らは、H宅で食事をご馳走になる度に帰宅途中、体がフラフラになったり体調不良を訴えていた。 不審を抱いた捜査本部はHと夫(当時53歳)の身辺調査を行った。 その結果、Hが保険外交員だった頃、この男性2人に多額の生命保険を掛けて受取人を元シロアリ駆除業の夫にしていたことが判明。 さらに夫での友人関係者10数人に保険を掛けて、自宅に招いては亜砒酸入りの料理を食べさせて総額6億円の保険金を騙し取っていたことが判った。
マスコミは逮捕前からHに興味を持ち、連日H宅を取材するようになる。 インタビューでは潔白を訴え、時には笑いながら取材に来たマスコミに水をかけるなど異常な行動もあった。 また取材時にいつもあるブランドのスエットを着ていたため、そのブランドも打撃を受けたといわれる。 Hのインパクトはすさまじく、夫も巻き込み一躍時の人となった。
― 真犯人は他にいる ―
10月4日、和歌山県警はH夫妻を保険金詐欺などの疑いで逮捕した。 更に12月29日、和歌山地裁はHを殺人及び殺人未遂の容疑で起訴した。起訴状によると「H被告は事件当日の正午から午後1時頃までの間、夏祭り会場近くの民家のガレージに置いてあったカレー鍋に殺意を持って亜砒酸を混入した」とされている。
確かに、カレー鍋の見張り役として正午から午後1時頃の間、紙コップを持って鍋の周りをうろついていたという複数の目撃者証言、Hの自宅排水溝から砒素反応が見つかったことなどの状況から判断してHの事件への関与は濃厚とみられる。 捜査本部は、H夫妻が事件の関与を否認しているため、更に最先端の科学的捜査を行う。 兵庫県にある大型放射光(SPring-8)でHの毛髪、H宅の台所のポリ容器、事件現場から回収した紙コップ、夫がシロアリ駆除で使っていたドラム缶などを放射光の中性子を光の速度の何倍かの速さで物質に衝突させ、この時に発生する巨大なエネルギーの分析を行った結果、毒入りカレーに含まれていた亜砒酸と回収した各証拠品及び夫の毛髪から同様の亜砒酸が検出され、分析の結果犯行に使用された亜砒酸と同一であることが判明した。
平成11年5月の初公判でHは、保険金詐欺の一部は認めたもののカレー毒殺事件に関しては完全に否認した。 平成12年10月20日、夫はH主導の保険金詐欺に荷担したとして懲役6年の実刑判決を言い渡された。
H夫妻は日頃から同地区の住民との関係が良くなかった。事件当日もカレーを作る班に参加しようとしたところ、周りの主婦たちから白い目で見られた。 Hはこれに激昂し亜砒酸をカレーに混入したのが動機と述べている。 しかしこの夫婦は金のため・私利私欲のためには人を殺すが、一銭にもならない無差別殺人など起こすのだろうかという見解をする者もいる。
平成14年12月11日、和歌山地裁はH被告に死刑を言い渡した。 Hは一審の判決を不服として大阪高裁へ控訴。平成16年4月20日、控訴審初公判。平成17年6月28日、大阪高裁はHの控訴を棄却して一審の死刑判決を支持した。 これに対して、Hは上告した。 平成21年4月21日、最高裁は、(1)カレーに混入されたのと組成上の特徴が同じ亜砒酸が、Hの自宅などから発見されている。(2)Hの頭髪からも高濃度の砒素が検出され、付着状況からHが亜砒酸などを取り扱っていたと推認できる。(3)夏祭り当日、Hがカレーの入った鍋のふたを開けるなどの不審な挙動をしていたことも目撃されていることなどを指摘。動機は解明されていなくても死刑判決に左右されるものではないと断じて、Hの上告を破棄した。この結果、Hに死刑が確定した。
Hの自宅は、2000年2月に放火によって全焼。跡地は公園になっている。 また息子は和歌山県の児童養護施設内で、女性非常勤職員(25歳)に性的暴力を受ける。息子が姉に被害を訴えたことによって発覚した。 この女性非常勤職員は他にも4人の少年達に性的暴力をおこなっていた。